SAMPLE LOGO

GALLERY Ⅳ / 平成30年7月豪雨の被災現場の記録

2018年07月7日(土) 現実に起こってしまった想像を絶する災害
「写真は語る、その瞬間の物語」をあなたならどう感じ取りますか?

  次世代に残し伝え、最大限の防御を以て暮らせる流域社会づくりを目指したいものです。尊い人命が奪われ、被災した流域の人々財産とこの先の楽しい時間を奪い取った災害。
何のためのダムなのか?
下流域に甚大な被害が出ると分かっていて放流した理由はいったい何なのか?
流域住民がここまで犠牲を払わなければならなかった理由は何か?
ダム管理者及び関係機関が、流域住民のこうした疑問に真摯に答え、次世代に送り続けられる仕組みを構築していくことが求められている。


 
運命を変えた爆弾放流(鹿野川ダム)

 上段の放流写真は、撮影された本人によれば午前9時前頃ということなので、おそらく左表の8時50分最大放流ころの撮影と推測できる。肱川町内の方によるとこのように町内へ流入してきたのは昭和20年9月の大水害以来という証言を得た。7月7日午前7時30分、大洲市が出した「避難指示」を受けて、私は午前7時40分のダム放流情報を元に「大雨情報01号」-肱川非常事態-として大洲市民及び関係者、大洲市出身で県外国外在住者及びその他の関係者向けとしてFacebookに情報掲載し、拡散依頼(最終的には10号まで発信)をした。
 最大放流は午前8時50分。大洲市内肱川橋下の水位が最高位の8m11cmに達したのは12時20分。つまりダムが最大放流をしてから下流の肱川橋付近で影響が出るまでに少なくとも最低3時間を擁することが分かる。
 また、被災後の取材の過程で市内の被災地区にお住まいの関係者から、昭和20年9月17日の大水害の際の水位よりも今回の方が低かったことが確認できたという事実をご連絡いただいた。この写真は既にFacebook上にご本人がアップされている。

 ダム管理者及び行政機関の皆様方においては、「マニュアル」検証ではなく、流域被災住民と向き合って意見や批判をしっかりと受け止め、こうした災害の際に「流域の被害を最小限に抑えるための指示命令系統の確立」を果たしていただきたいと切に願う。/街づくり写真家 河野達郎


 
 撮影者 街づくり写真家 河野達郎
無断転載はお断りいたします。